当て事は向こうから外れる 

あてごとはむこうからはずれる


てれってー。
なんか知らない筈なのムカつく効果音とともに浮かれた様子で現れた山崎の顔面に思いっ
きり煙をふきかけてやった。
いきなりの攻撃にむせる山崎。
何だろう、異様にスッキリした気分だ。
「げ、ゲホ、ゲホッ、ふ、副長酷いです〜」
涙目になりながら訴えかける山崎を冷ややかに見下ろす。
「何の用だ」
「はい不祥山崎退、この度今年の忘年会の幹事を局長より任命されました!」
チャキ、と敬礼する姿にこんな事なら煙じゃなくて灰皿投げれば良かったと今更後悔して
も遅い。
「アホか。このクソ忙しい時に」
「いやー、副長がそう言うのも予想はしてましたけど…」
ポリポリと頭をかいている。そうか、ムダに元気だったのは勢いで乗り切ろうとした訳か。
そして言いにくそうに。
「局長が日頃のみんなの苦労をねぎらうって張り切ってましたけど、どうしましょう」
ああやっぱり。この辺りの流れは去年もやったくだりで2人して思わず嘆息。
「あーそうだな…」
現在物凄く人相悪い顔になっている自覚はある。
怯える山崎は放置して脳内で去年の事態と配置を思い出して高速シュミレーションする。
毎年口をすっぱくして言っても開かれるからとりあえず体勢だけでも整えないと。
勿論一応異論は言いに行くが。
「シフト表考えたらまた呼ぶ」
それだけ言い放つとさっさと部屋を出る。

とりあえず三番隊か。
隊士が微妙に避けて通るのも気にせずダカダカ歩く。比較的同じ隊員同士たむろっている
三番隊なので発見しやすい。この辺りの部屋だったなと思い出し襖の前に立つと予想通り
数人の気配がする。
「入るぞ」
遠慮なくガラリと襖を開ける。
「副長、どうしました?」
珍しく隊長の斉藤までいるので好都合だ。
「ちょうど良かった、年末のシフトの事なんだが…」
「ああ、もうそんな時期ですか」
「今年も新年の警護を頼む」
それだけ言うと背後にいた隊員達がガッカリしたような顔をして斉藤が顔をしかめる。
「おい!」
あまりに分かりやすい落ち込み具合に斉藤が注意しようとするのを遮る。
「まあ確かに去年はお前らには悪かったと思っている」
昨年は年末の警護を頼んだ筈が忘年会で飲みすぎた年始組が役に立たず、結局年末飲ん
でいない三番隊が年始まで働き詰めになった経緯がある。
「今年は年末の警護は八、十番隊にやらせるからお前らは忘年会に出ていいぞ。そのかわ
り去年のあいつ等と同じ事をするなよ」
よっしやーと喜ぶ隊士に一応釘を刺す。近藤さんの事だ、どうせ新年会もやるだろうとの
予測込みだ。
やれやれと斉藤に目配せして立ち上がる。
「他はどこにするつもりですか?」
「あー、どうせ総梧は近藤さんから貼り付いて離れねーだろうから七番隊と一緒に本部の
警護に組み込む。井上さんにはお目付け役で残ってもらわねーといけないだろうから六番
隊も居残り組だな。そうすると永倉んとこのニ番隊か…」
「副長!」
てれってーと再び山崎が現れたので思わず振りかぶって煙草の箱を投げつけてしまった。
「ふごっ」
「あ、悪ィ」
何だろうなー、その登場ムカつくんだよなーと山崎を見やると珍しく文句も言わず口を開く。
「さっき新たな局長命令で忘年会は全員参加って話になってます!」
「え!?」
隊長室に移動しようとした俺達の足が止まる。
「…本気、なんだろうな。あの人の事だから」
「…えーと、多分…」
「副長、何か黒い物が出かかってますが…」
「これが出ないでいられるか!」
斉藤の言葉に思わず舌打ちして踵を返す。行き交う隊士達が怯えてヒィと声をあげている
が知るか。
「ふくちょう〜」
背後で山崎の情けない声が聞こえたが、あくまで気のせいということにした。

副長室に戻ってドッカと椅子に座る。
それからの日々はあまり覚えていない。ひたすら仕事、仕事、仕事。
仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事。
そしてようやく忘年会当日。
朝山崎が、忘年会副長は参加されますよね、ね?みたいな話をしに来たが無言の威圧で
追い返した。
とりあえず忘年会が始まる2時間前に屯所を出る。
車の中でかき集めたネタや情報屋から聞き出したものを吟味する。
本来なら忘年会なんぞして油断しまくった不貞浪士を取り締まりたいところだが、いかん
せん身一つなので今回は諦めるしかない。
しかし昨今の不貞浪士が軟弱なお陰で助かった。
年末の浮かれ気分にまぎれて事を起こすより、呑気に忘年会に繰り出す奴らが多いとは
時代も変わるものだ。
かき集めた情報で実行を起こしそうなヤバ気な奴らのみ押さえるしかない。
ため息が出る。
それとは別に、新撰組屯所に入る電話を新たに借りた携帯に切り替える。
すみませーん、今忘年会中ですーとか呑気に言いそうな奴らばっかりで本気で頭が痛い。
そんな事を考えつつ一件目の不貞浪士をボコにする。
今日ばかりは屯所に連行も出来ないのでちょうど居合わせた奉行所の奴らに恩を着せて
おく。
その合間に屯所にかかってくる電話の応対。
そしてボコる。
屯所にかかってくる下らない電話の鬱憤を晴らすようにボコり続けてきたが、そろそろ携帯
をぶん投げたくなってきた。
資料をめくり次は切り合いになりそうだな、と煙草をふかす。
既に日は暮れて雪でも降りそうな寒さだ。
そこへ。
ブブブブブ、と面倒でバイブにしている本携帯が震えた。
珍しい名前に電話を取る。
「いや〜歳君、元気だったか〜い」
お気楽な電話に思わず通話を切る。
すかさず再び震え始める携帯。
「ゴラァ、てめぇ上司の電話切るたぁどういう了見だ!」
「いいからさっさと用件言えよ」
「そ、そうだよな。いやあトシ君流石だよ」
「……」
「いやあ、ホラ、俺有名人だからさっき狙撃されちゃってさー」
「いや、ホントだから。コレマジで冗談じゃないから」
「…で?」
どこまでも調子が外れた上司にイラつきながら先を促す。
「ちょっと年末の挨拶に飲み屋のねーちゃんトコ寄ったのに酷くね?」
「いいから、先に現状を言え!」
というか自分の立場考えたらこんな時に呑気に飲みに行くなっつの!
「あーとりあえず防弾ガラスにヒビは入ったけど生きてるぜー。護衛撃たれちゃったから
応援頼むわ」
「さっさとくたばっちまえ!」
緊迫のない上司に頭痛を覚えつつ、場所を聞く。

「だから俺のカンは当るって言ったぜィ」
ジャリ、と足元の砂を踏みしめて背後の気配が動く。
どうせデカイ声でわめく上司の声は筒抜けだ。
まったくコイツの戦闘に対する野生のカンは恐ろしい。
近藤さんにバレないようどう動くか頭が痛いところではあるが。
「総梧、一番隊は屯所の警護させてんだろうな」
「当たり前でさァ」
しれっと涼しい顔で言う。大した野生のカンだよ、全く。
屯所の回線を戻し、臨時の携帯を後部座席に放り出す。
ま、何にせよ。
「とりあえず行くか」